将来はラッセンのように老若男女に好かれる画家になりたいです。

ラッセンのようになりたいなら…?憧れを持つのは素晴らしい事ですが、模倣のままでは成功はしません。

将来はラッセンのように老若男女に好かれる画家になりたいです。

その道を志す人なら、当然憧れの先達はいるはずです。

しかしその先達を真似て目的化することで、いい結果は得られません。

どうあるべきか考えてみましょう。

▽模倣は許されても同じ画家は2人いらない。

先達・先輩の画風に心酔して模倣することは、ある意味で自身の成長や機軸をつくることにも役立ちます。

しかし、老若男女に好かれるラッセンのようになりたいからといって、ラッセンの思考や発想まで自分に取り入れようとするのは間違いです。

その時点で自分で自分の個性を殺し、新進気鋭の画家としての道を閉ざしてしまっているからです。

アートの世界でも、“似たような画家”が2人いる必要はありません。

▽ラッセンを目的にしてもラッセンにはなれない。

老若男女に好かれるか、発想法や技法がラッセンに似ているかは結果論であって、目的にすべきではありません。

自分の絵を描くための手段としてラッセンを見つめ、技法を真似てみるのは手段なので仕方のないことです。

しかしプライドのある画家なら、いつかはそれも捨てるでしょう。

一人前の画家になった証というのは、ラッセンを捨てた日かも知れません。

▽ラッセンを真似ても老若男女に好かれる画家にはなれません。

自分の内面を見つめ、自分の本能と話し合ってください。

画家や作家、芸術家は、自分の中にあるものと向き合って、闘っていくことが日常の作業です。

絵はその発露であり結果でしかありません。

老若男女、つまり人間愛に強く惹かれるなら、自身が思った方法で人と接しつづけ、何かを見つけ出すことです。